前回の第16部の最終部分に「包括利益」という利益概念が出てきた。これについて説明しておかなければと思い準備を始めたまではよかったのだが、途中ではたと困ってしまった。「包括利益」をきちんと説明するにはその前に「退職給付会計」に触れておかざるを得ない。これをスルーしてしまうと、「包括利益」の説明が不十分になってしまう恐れがある。何故なら、「包括利益」の一部を構成する「その他包括利益」のなかに「退職給付に係る調整額」という項目が入っているからである。
ところが、それまで何度となく改訂されてきた「確定給付制度」に関するわが国の会計基準が平成24年(2012年)にまたもや改訂されたこともあって、「退職給付会計」はますます複雑化して今日に至っている。「退職給付」とは、要するに、従業員の退職時に支払われる「退職一時金」(退職金)や退職後に支払われる「企業年金」のことなのだが、バリバリの現役ビジネスパーソであろうあなたにとっては今のところは「関係ない」テーマかも知れない。しかし長期間にわたって発生するし、金額も大きい。企業にとっての負担は重く、経営者にとっては、結構、厄介な問題なのだ。
加えて「退職給付」の計算や会計処理のプロセスが「目もくらむ」ぐらいに「入り組んだ」仕組みになっている。特に2007年以降、わが国の会計基準を国際会計基準に則したものに変えようとする動き(これを「コンバージェンス」という)が顕著になるにつれて、EUやアメリカで使われている会計コンセプトや手法がわが国の会計にも入り込んできて、ますます複雑化してきている。だから関連する解説本を参考にしようとしても聞き慣れない年金・保険の専門用語が随所に現れ、難解極まりない。おまけにこうした国際会計基準といえども未だに完成形ではないらしく、今後も改訂される可能性があるという。
とにかく面倒な会計である。専門家ですら閉口するというぐらいだから、財務会計の中でも分かりにくいジャンルのひとつであることは間違いない。正直言って、私自身の会計学習プロセスにおいて最も理解しにくかったジャンルである。言うまでもないが、本稿の目的はあなたに「退職給付会計」に精通して貰うことではない。B/Sに「退職給付引当金」とか「退職給付に係る負債」といった科目が現れたら、その数字の裏にどんな事情が潜んでいるのかを知ってもらいたいだけである。特に、「退職給付に係る調整額」というのが、「包括利益」の計算に関わってくることを理解して頂ければ十分である。
当面は、こんな風に理解しておいたらよいだろうというアドバイスである。長くなりそうなので、今回と次回の2回にわたってとりあげることにする。