新聞紙上においてMOTという文字を目にする機会が一時より大分減った感があるが,これは表面的なMOTブームが過ぎ去り,落ち着いたMOTに対する取り組みの時代になったということを意味していると感じている。
本書の題名にある「テクノロジーマネジメント」とは,英語で表現すれば並び順を入れ替えただけのものであるのでMOTと同意語である。
すなわち,技術を適切に経営に活かし,企業価値の増大に役立てるかということを考えることである。
第1部・第1章を読んでいただけばわかると思うが,本書は技術系の人間ましてや研究開発部門の人間だけに読んでほしいのではなく,立場・キャリアに関係なく経営やビジネスに携わる多くの方々に,技術を適切にマネジメントすることがいかに企業の経営目標を実現するために有効なものであるかを理解していただくことを目指したものである。
本書は,このような視点を強く意識し,著者が執筆し平成13年に初版を発行し,平成15年に第2刷を発行した「テクノロジーマネジメントの考え方・すすめ方」という本をこの間の時代の変化を反映し,さらに著者の新しい考え方を反映させた形で改定したものである。
「テクノロジーマネジメントの考え方・すすめ方」という本は技術経営,MOTに関する多くの書籍の中においても,実際の企業において具体的にはどうしたらよいのか,というテクノロジーマネジメントの実践的な面からの考え方,進め方などを書いた数少ない書籍として評価をいただいた。
そこで本書においては,基本的には第2刷において手を加えた際の流れを踏襲しながら,さらに現在の日本企業がおかれている立場を強く意識した内容を指向したものとした。
すなわち,これまで日本企業は,欧米企業に重点をおいた競争を意識したマネジメントをしてくればよかったが,韓国はいうにおよばず中国などの追い上げも意識したマネジメントが要求されるようになっている。
このように真にグローバル化した競争状況の中において,日本企業が今後とも継続的に成長を維持するためには,市場動向を強く意識した事業戦略をベースにしつつも,同時にコア技術をはじめとする自社の強みも大切に育成し,その両者を融合させた形の高付加価値商品を市場に投入し続けることが必要である。
第1部・第2章において詳細な説明をしているが,具体的には書名にある「第5世代」のテクノロジーマネジメントという考え方がこの視点を表現したものである。したがって,本書において展開する考え方は,基本的にこの考え方にそったマネジメントを実行するにはどうしたら良いかということに関するものである。
また近年研究開発活動を取り巻く経営の視点に変化が起こっている。
従来,研究開発活動は企業が継続的に存続し続けるためのコストという位置付けで考えられていた色彩が強かったが,近年は,研究開発活動はなければならないもの,すなわちコストではなく,将来の企業価値の増大を実現するために行う投資であるという考え方が強まりつつあるのである。
これは企業経営に関するStake Holder(利害関係者)の問題に強く影響を受けている。
すなわち企業経営には,顧客―株主―従業員―社会という4者の利害関係者が存在している。
日本企業の経営も当然その渦の中にいるが,世界的にこの4者の中における株主の発言権が非常(異常にという感が強い)に大きくなりつつある。
株主の立場に立って企業価値の増大を考えると,コストは可能な限り抑えて利益を大きくすることが望ましい。
すなわち,今日の利益を創出する商品の開発に対するコストはやむをえないが,将来の商品に対する研究開発投資は,なければない方がよいのであり,しっかりした投資価値が認められるものに限定したいということになる。
第1部・第2章で議論するつもりであるが,そこで研究開発活動を投資活動として考えようという発想が強まってきているのである。
研究開発活動の水準を評価する際に,従来は“対売上高研究開発費率”という指標がよく使われたが,近年は研究開発効率(営業利益/研究開発費)という指標が使われるケースが増えている。
この変化の背景に,ここで考えた経営環境の変化が存在しているのである。
このような視点の多くはアメリカにおける経営の視点の反映であることが多いが,株主構成をみても,多くの日本企業が海外株主の存在に依存している現状を考えると,アメリカを中心とした世界の流れに逆らうことはできない。
しかしながら,日本企業はアメリカ企業と同じ考え方でマネジメントしていたのでは,彼らとの競争を優位に進めることは難しいことをしっかりと意識していなければならない。
商品開発のベースとなる要素技術に目を向けてみても,アメリカと日本では産・官・学の連携のあり方に大きな違いが存在している。
この実態を忘れて,アメリカ企業において大きな流れになっている,要素技術開発は個別企業では取り組まない,という同じ路線を日本企業が歩むならば,日本企業の明日の競争力が低下することは明らかである。
この辺の状況については第3部の第4章において考えることとしているが,アメリカ企業は自ら取り組むことをしなくても,官の国立研究所もしくは大学において,産が明日,明後日必要になるような技術シーズに取り組んでいるし,ベンチャー企業が大手企業の明日の事業の芽を育成しているのである。
したがって,大手企業はこれらの種(シーズ)を活用し,また芽を育てる努力をすることに専念することにより継続的成長が実現できるのである。
さらにいえば,新規事業の章で触れるが,アメリカ企業においては企業の継続的存続ということに対する価値観は日本企業におけるものとは大きく異なっている。
彼らは継続的に存続するということに大きな価値をおいていない。
頻繁な企業の売買はこの考え方の現れであるし,過去のフォーチュン上位企業の顔ぶれの変化と,東京証券取引所の上位企業の顔ぶれの変化の程度に大きな違いがある,とよくいわれるが,これも企業の永続性に対する考え方の違いの現れであろう。
したがって本書においては,このような経営環境の違いを十分認識し,日本企業が継続的にグローバル化した経営環境の中においても成長を続けるためには,技術面においてはどうすればよいかという視点を重視している。
一言でいえば,日本型経営におけるテクノロジーマネジメントのあり方の提案といえる。
ただし誤解しないでいただきたいのは,これまでの日本企業の経営全般,そしてテクノロジーマネジメントがよかったのでそのままでよいといっているのではなく,アメリカ企業に学ぶべきところは山ほどあるので,その点は参考にしつつもそのまま真似することは問題が多いので,新しいモデルを考えようということである。
くしくも今日の最優良企業といわれるトヨタ自動車とキヤノンは,アメリカ法人のトップの経験者である張氏と御手洗氏がトップであることは,意味のあるメッセージを発しているのではないかと思う。
両社はアメリカからの経営手法をストレートに採用することなく自社の経営モデルを構築し,それにそって好調に事業を展開しているのである。
この両社の状況からも,日本企業は適切なマネジメントを推進することにより,今後とも成長を継続することは可能であると考えられるし,その武器として“テクノロジー”が重要な位置を占めている。
よって,その重要なテクノロジーを経営目標の実現へ結び付けるには,どうすべきかを広い視点から議論し,その指針を提供しようとすることが本書の趣旨である。
したがって,“専門技術用語”を例としては使っているところがあるが,本質的な議論においてはほとんど使用していない。
これも“テクノロジーマネジメント”とは「技術自体を考えることではなく,企業価値増大へ向けての有力な手段としての技術の活用の仕方を考えることである」ので,技術陣のものではないということが,著者の信念の表われである。
是非,いわゆる非技術系の方々にも読んでいただき,積極的に“テクノロジーマネジメント”に関与していただきたいものであるし,本書をそのきっかけとしていただきたいものである。
2005年9月
古田 健二